表現と女性問題

「表現」を女性問題で考えるとわかりやすいかもしれない。
100人いれば100通りの生き方、感じ方がある。
「女はこうあるべき」的発言をする人がいるが、いったいどこからその押し付け的発想が許させれると思っているのだろうか? 

意に反するなら関わらなければいい。その生き方が限度を超えていれば、裁くのは法であって人ではない。ましてや点をつけ評価する勘違いはおぞましい。それも自分の身も顔も隠してならばなおさらだ。

そういう奴は殺していいと思ってるが、意に反するから関わらない。裁くのは理であって俺ではない。

有城佳音word Synchronicity


過去note